自己紹介

はじめまして。宇井當間ゆきのと申します。
たくさんあるホームページの中から、こちらにたどり着いたのは何かのご縁。ありがとうございます!
ぜひ最後までお読みいただき、わたしという人物を少しでも知っていただけたらと思います。

當間ゆきの プロフィール

・沖縄に生まれ、沖縄に育てられ・・沖縄に恩返しがしたい

(生い立ち~琉球舞踊との出会い)

6歳より琉球舞踊玉城流を学び始めました。きっかけは、実家の近くに琉球舞踊のお教室ができたこと。
既に2歳頃から自分で何かを表現するのが好きだったようで、両親はいつか「踊り」を習わせてみようと考えていたようです。
世はJ-POPの中でもダンスミュージックが流行し始めた頃。わたしは漠然と「アクターズスクール」にいつか入りたいと言っていたようですが、
両親の勧めで「琉球舞踊」を習うことになりました。

(組踊との出会い)
特に小学生の時には、「組踊」という古典演劇のオペラや京劇のような、沖縄独自の演劇に多く出演させていただきました。
その中でも初演の「人盗人」や最多出演した「花売の縁」の猿役は心に残っていますし、今でも演じられます。
大人たちとのお稽古は時間が遅く、小学生には適さない生活時間を送っていたこともありますが、厳しい大人社会の中で真剣に取り組むことで、同級生たちとは違った多くのことを学んだと思います。

(海外の芸術家の卵たちとの出会い)
1992年から玉城流の本家、玉扇会へ移籍しました。二代目家元 玉城秀子、三代目家元 玉城盛義(二代目)に師事。
玉扇会へ移籍後、「若みんな」という子ども舞踊集団があり、とりわけ「沖縄の童唄」をたくさん学びました。
当会には古典こども舞踊もありながら、創作こども舞踊、童唄による演劇もあり、それらを課外活動として取り組みました。
中学生の頃には台湾北東部、宜蘭県で毎年夏休みに開催される子ども向け芸術祭「宜蘭国際童玩芸術節(International Children’s Folklore & Folkgame Festival, Yilan)」へ参加したり、高校生の時には、沖縄県主催の異文化交流でシンガポールの芸術学校に派遣されました。
このアジアの芸術家の卵たちとの出会いを通じ、大学では中国語を学びたく、交換留学生として1年間台湾台中市の東海大學へ留学する夢も叶えました。

・東京で琉球舞踊をもっと身近に感じてもらいたい!

2012年、当初の上京の目的は中国語の仕事の幅をもっと広げたいことがきっかけでした。
幼いころから広い視野が欲しい、もっと色々な経験をしてみたいという願望が強く、大人になっていきなり上京を決めました。
歴史ある川崎や東京の沖縄県人会にも所属し、イベントで舞踊や歌・三線を披露したり、
東京ではたくさんの子ども達が色々なお稽古事に取り組んでいます。
その選択肢の中に、「琉球舞踊」や「歌・三線」があってもいいと考えるようになり、教師免許を受験し、2020年に拝受しました。

プロフィール略歴
1989年 玉城流琉扇会 上原智子琉舞道場 入門
1992年 玉城流玉扇会 玉城盛義琉舞道場 移籍
2006年 琉球新報社主催琉球古典芸能コンクール 舞踊部門 最高賞受賞
同年  沖縄歌舞劇団 美(CHURA)に所属(2010年退社)
2012年 拠点を東京都、神奈川県に移す
2017年 玉城盛義琉舞道場 東京教室所属
同年  琉球新報社主催琉球古典芸能コンクール 安冨祖流三線部門 優秀賞受賞
2020年 玉城流二代目家元玉城秀子、三代目家元玉城盛義より教師免許拝受
2022年 東京教室 キッズ琉球舞踊クラスを開設

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